氷がシアターになる

ファイエラ/スカリであれだけ時間をかけてしまって、残りはどうなるのだ・・・と我ながら思いながらもマイペースで行きます。

この大会で一番「来てよかった!」と感じさせられた瞬間は、鈴木明子選手のSP「La Campanella 」を見たあとでした。
鈴木明子さんの演技を生で見るのはこれが初めて。もちろん完璧な滑りではなかったですし、少し硬い演技であったとも思います。だけどこの人はTVの画面の中で見るのではなく、こうやって同じ空間にいなければ本当の魅力はわからないのだということを、演技が始まるや否や瞬く間に理解しました。
音が奏でられると同時に、あっという間に曲の主人公が現れます。手の先からつま先まで気持が注がれ、ジャンプが失敗しても音楽から心は離れていません。あの鈴なりのようなピアノ音の中で踊っているみたい。深いエッジ、滑らかな脚もとの動き、背中や腕でつくるライン、それらの制御がよくて、曲と彼女の融和を純粋に楽しめました。そして強い鍵盤に変わったと同時にストレートラインステップに入ると、ふーっと彼女の世界に入り込んでしまった感覚がありました。
何がどう、という言葉が全く出てこないことがもどかしい。でもここが競技の場であることもわすれ、演技に没頭してしまう心地よさは、あの場で彼女の演技に惹かれた人はみんな感じていたのではないでしょうか。
翌日のFSは「黒い瞳」。言わずもがな、名演技が数多くあるおなじみの曲。昨年はテッサ&スコットがODで生き生きと踊り、トリノのサーシャ・コーエンが空気を裂くように演じた記憶もまだはっきり残っています。曲に、曲の中に潜む物語に負けては成り立たない演技。
FSを見ていたのは2階席のジャッジと反対側ですから、そんなに演技が細かく見えるとは思っていませんでした。表情も良くわかりません。しかし彼女が踊りだすと、その表情が見えてくるような錯覚が起きました。自分の背中に熱い血流が走るような感覚。
皆さんご存知のように、鈴木さんの直前に演技したのは中野由加里選手で、これまで何度もそうしてきたように気合と素晴らしい集中力でほぼノーミスのスタンディングオベーションをもらっていました。そんな興奮した空気のなかでは、どんなキャリアのある選手でも影響されるんじゃないかと思っていましたが、その空気をひゅっと自分の世界に吸い込んでいってしまった感じがあります。

だけど演技が終わった瞬間、中野さんに送ったようなスタオベ、私はしませんでした。
きっとこれ以上のものを、鈴木さんが見せるときがまたやってくる、そう思ったからかもしれません。

全ての競技が終わったあと、GALAでのリベルタンゴ、きっと沢山の方がもう感想を述べていらっしゃるでしょう。そしてTVで見た方も本当に一杯いたと思います。
でもわたしはしばらくあれを録画で振り返る気持になれない。日本人の選手で、こんなに熱いタンゴを踊れる人は初めてでしたし、それも曲の情熱よりずっと鈴木さんのほうが熱と光を放っていました。
大変申し訳ないのですが、あれを生で見られなかった人に、わたしは見た興奮をどう現したらいいかわかりません。ただ、あの場にいられた幸運を感謝しています。
実現不可能なんであえて言うのですが、本当に彼女を見るためだけに全日本選手権に行きたい!とあの瞬間は思ったのですよ・・・。